★この欄では、台風等、休校・登下校の情報が生じたときに、生徒・家庭向けにお知らせします★
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不登校の考え方

東京シューレにおける不登校のとらえ方と対応
  世間では、不登校で生きている子どもを「病気」「発達障害」「甘え」「逃げ」「社会性の欠如」「心の問題を抱えた子」と否定的に見る考え方があります。

  しかし東京シューレは、その子個人に問題があるから不登校になるという見方はしておりません。文部科学省は、1992年にこれまでの認識を転換して『だれにでも起こりうる登校拒否』と考える必要があると言っていますが、私たちも数多くの体験からこの見方に賛同しています。

  登校拒否問題については、これまでは一般的に、登校拒否となった児童・生徒本人の性格傾向などになんらかの問題があるために、登校拒否になるケースが多いと考えられがちであった。しかし、登校拒否となった児童・生徒を見てみると、必ずしも本人自身の属性的要因が決め手となっているとは言えない事例も多く、ごく普通の子どもであり、属性的には特に何ら問題も見られないケースも数多く報告されている。

〔平成4年3月13日「登校拒否(不登校)問題について」文部省初等中等教育局発行〕
学校に行かない生き方があっても
  学校に行きたい子は学校に行くことによって自己実現への道を歩んでいけばいいのですが、行けない子や行きたくない子、行く気になれない子をその子の気持ちに反して学校へ行かせることは、その子にとってマイナスの影響の方が大きいと私たちは考えています。

  これは決して学校を否定していることではなく、学校に行っていない期間に学校以外の場で学び、成長するのもーつの生き方であり、子どもの個性が多様なように、成長の形も多様であって良いのではないか、という考え方に立っているのです。また、学校に行かないことを認めると、ずっと将来も行かないままになると思い込んでしまう方がいますが、実際は、心の傷が癒えたり、充電したり、気持ちが落ち着き目的が生まれたりするとまた学校へ行くことを選ぶ子も多いといえます。

  東京シューレも今までに1400人以上の子どもたちと関わってきましたが、その後、学校へ戻るとか、学校への進路を選択する子も少なくありません。それは、周りからのプレッシャーや焦りからではなく、本人の本当の選択として登校する場合には、学校が良き自己実現への道になるということの現れなのです。

  現在のように、学校離れが起きている時代には、学校以外に子どもの成長の場があることで、少しでも選択の場が広がり育ちやすくなると考えています。

シューレに通ってくる子どもたちが元気なので、見学に来た方々からは「この子たちは本当に不登校のお子さんですか」とよく聞かれたりしました。一般的に不登校がよほど暗いメージで語られているからだと思いますが、本来特別な子どもでもなければ、異常な子どもでもありません。今のところ学校に行っていないというだけで、どこにでもいる子どもと同じなのです。もっとも、来始めは不安だったり、自身がもてなかったりするようすがありますが、それはまだ自分に否定的な気持があったり集団への不安感が残っているためと考えます。
本当に育ちたいからこその不登校
  学校に行かなくなった子、行けなくなった子には、学校と距離を取らざるを得ない何らかの原因や背景、そして本人の心理状態があるはずで、学校が本人にとって楽しいところで、活き活きと自分を発揮できるところであったら、どんな子であれ、喜んで行っていることでしょう。

  不登校は、これ以上学校と付き合ったら自分が自分でなくなるような危機感を感じたり、不安感や恐怖感を覚えたり、また、つまらなくて行く気になれないなど、自己存在の確保のため距離を取っていると考えられます。言い換えれば、自分に合わない教育状況への告発でもあり、他律的な生活から自分にあった生活へ自己脱皮したいという要求だとも言えます。

  それは順調なレールをまっすぐ走ることを期待する側から言えば、怠け、逃避、落伍者、無為無能のように見えますが、本人の側からとらえなおせば、今までの歩みの中で一休みが必要、または別の育ち方が必要だったのであり、渡辺位(児童精神科医)氏の言葉を借りれば、育ちたいからこそむしろ登校拒否しているともとらえられます。子どもたちが行ったアンケートによると不登校は「充電期間」と言っている子もいます。

  事実、今の画一的な教育と競争を中心とした学校の状況においては、様々な個性の子どもを受け止めるだけの幅が学校になくなっており、学校と合わない子がたくさん出てくるのも当然なのです。また友情をゆっくり育む場でもなくなっています。

  いじめや体罰、管理による締め付け、あるいは個性の合わなさ。受けるストレスが高まれば、学校に行きたくなくなるのも当然です。それなのに現代の日本は学校を絶対とする学校化した社会であるため、「学校に行かない子はだめな子」ととらえ、子どもは、自分の気持ちとそうした社会の価値観との狭間で葛藤することになります。

  また、強い引け目や劣等感を抱き、自分でもどうしていいか分からなくなり閉じこもりや暴力、神経症などの二次反応も生じて異常に見られてしまうのです。そのような登校拒否に伴って起こす様々な神経症的な諸症状の多くは、決してその表面的な症状を消せば問題解決というのではなく、どうしてそのような状態が現れるのか、その背景と、子どもの持つ不安感や劣等感、その時々の子どもの気持ちをまず理解することが必要なのです。

その子のありようを否定するのでなく、肯定し、子どもを認め、一人の人間として尊重すること、ありのままの姿を丸ごと受け止めるということが、周囲の者には大切であり、ただ学校へ戻そうとすることでは決して解決になりません。
成長することを援助する場として
  東京シューレでは、学校に行く・行かないということについては、何よりも本人の意思が尊重されることが大切であると考えています。そして学校中心の価値基準でその子を評価するのではなく、生命を持った一人の人間として見ていくこと、人間としての成長を援助していくことが重要であると考えています。ですから、不登校をしている子どもを治療対象と見たり、価値の低い人間として見るようなことはしません。

  どのような子も様々な長所と共に、様々な弱さを持ちながらも、人としてより豊かに育ちたいという欲求はあります。学校に行かないなら行かない生き方で、人として成長していこうよという考えを持ち、できる成長支援をしたいと考えております。

  子どもに対するこうした眼差しが、「シューレに元気な子が多い」あるいは「シューレに来るようになると元気になる」理由の一つかもしれません。また子どもにとって必要なのは同じ子どもの仲間です。友だちができるととても元気になり活き活きとしてきます。

  しかし、ただ、どこか集団の場へ子どもを出向かせればいいということではありません。

  どの子も不登校になるまでかなり傷つき、疲れ切って、時には人に対して不信感を持ってしまうということがありますから、その心理状態を理解し、気持ちを受け止める接し方が必要です。もちろん一人一人の子どもに応じて異なりますが、自分に自信を持つことができ、自分なりの価値観を持って堂々と安心して生きていけるようになるまでには、周囲の理解と支えが必要なのです。

シューレに預ければそれで良いという依存的な態度ではだめですし、親が操作しようとするのもまちがいです。私たちもまだ分からないことはたくさんありますので、親の方々と一緒に学びあい、意見を出し合いながら楽しく充実したフリースクールを作っていきたいと考えています。
さまざまな生き方
  シューレはただ学校に戻すことを目的にしているわけではなく、また学校に全く行かせないで教育していこうというわけでもありません。学校へ行く、行かないは本人の意思によることで、あくまでもその子にとって一番良い道を歩んでいけるよう、できるだけ力になりたいという思いでやっています。そうした結果、学校へ戻る子、進学する子、働く子、学校を通らないでユニークにやってみたいという子などが様々に成長してきています。自立に向けて、自分に合った道を本人が選び、進んでいけばよいのだと思っています。

  よって、シューレのカリキュラムは不登校の子どもの治療や訓練のために作られているのではなく、子ども時代の成長に必要なものは何かという観点から考えられており、不登校をしている子どもだけではなく、全ての子どもたちから求められている方向でもあるのではないかと考えています。シューレでは「安心と自己決定・自治・個の尊重」を大切に、マイペースで、自己実現に向けて歩んでいきます。2007年には、フリースクールの公教育化をめざし、不登校の子どもたちを対象とした「東京シューレ葛飾中学校」という私立中学校を開校することができました。そこも「子ども中心の教育」をすすめています。

  また、不登校の子はどこかに適わないとだめなわけでなく、家を拠点に育っていくこともできる、というホームエデュケーションの考え方を広めることも大事であり、家でやっていきたい子はそのサポート活動・ネットワーク活動としての「ホームシューレ」も、大いに活用していただくと良いと思います。また、18才以上で、知りたい・学びたいことを深めたい人は、「シューレ大学」に参加できます。

  大事なことは、不登校はダメとか、道がないとか思わず、せっかくの不登校をプラスに生かして、自分らしい人生を作るきっかけにされるといいと思います。そして、不登校を経験した人たちとは不登校から大切なことをいっぱい学び、新しい時代を作る自分らしい感性を持っている人たちであるということも申し添えます。

2009年夏、子どもの権利条約を学んでいた東京シューレの子どもたちが、自分たちの経験を出しあい「不登校の子どもの権利宣言」を作成し、全国子ども交流合宿で採択されました。また、フリースケール全国ネットワークでは、多様な教育が存在し、選択しても不利にならないことはもちろん、学ぶ権利を公的にきちんと認められるしくみを求め「子どもの多様な学びの機会を保障する法律」をつくろうと、奮闘しています。さまざまな子どもたちが幸せにいきる社会を願っています。